アニメと日々を見聴きする。

アニメの感想/考察中心に、長文を記録しておきたくなった時に記録するブログ。劇伴音楽関連の話題が多いかもしれません。

【感想】『響け! ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部のホントの話』 - ネタバレ有り読後感

響け! ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部のホントの話』を読み終わりました。

リズと青い鳥を観終わったら読み始めようと思っていて、ようやく手を出すことができました。

まず一言で感想を言うと、とてもさわやかで晴れ晴れとした読後感でした。
北宇治の皆のなにげない日常のワンショットや、新しい未来へと向かう狭間で揺れる姿が、心を強く揺さぶってくれました。


特に印象に残ったのは、卒業に関連したエピソードの数々でした。
当たり前だった日常を抜け出して、新しい未来のステージへと渡っていく、その過渡期にある彼女達。その中で何を想い、何を伝えるのか。未来へと渡ってしまえば、すぐにでも脆く崩れてしまいそうな"今この瞬間"に向き合う彼女達の後ろ姿。
こういった物に、本当に本当に強く心を揺さぶられて、じゃあ自分は学生時代こんなに大切に一瞬一瞬を過ごせただろうか……と自省の念までもが引き出されて来ました。

確かにある、今この時 - やっぱり晴香が好きだ!

これを一番感じたのが「未来をみつめて」でした。P.103の文章に、ガツンと脳を揺さぶられたような気がしました。

晴香はあすかとの未来の関係性・距離感をきわめて冷静に予測しているんですよね。ああ、きっと自分とあすかは今以上にはならないんだろうな、って。
こういう感覚に私もとても共感できるところがありました。学生時代、顔を合わせれば一緒に雑談して、帰りも一緒に帰ることもあり……そんな"普通に仲の良かった"友達。それが一歩未来に進んだ時、嘘みたいに淡く自分の近くからフェードアウトしていってしまう事。
友達が友達で無くなってしまう未来への想いみたいなものが文章から滲み出て感じます。友情の密度、という表現がこれ以上無いほどスッと腑に落ちてきました。武田さんの胸のうちには、どんなものがあるのでしょうか。


この箇所を読んでいる時、つい聴きたくなった曲があります。それは2期のサントラの「特別とは何なのだろう」でした。

特別とは何なのだろう

特別とは何なのだろう

2期の第1話で、麗奈と花火を眺めるシーンのBGMなんですよね。あのシーンの時も、とても似た感情があったような気がします。久美子と麗奈は友達。それは今、誰がどう見ても確かな事なんです。でもふと未来に目を向けた時、例えば10年20年たって、"今この瞬間"が過去になっているだろう時。それでもまだ、久美子と麗奈の"友情の密度"は果たして保たれているだろうか。私を含め誰も分からないし、本人だって予測がつかない。それはとても怖い事だと思います。友情は永遠でないという事への恐怖は、このシーンからもとても強く感じます。



こういう恐怖に対して晴香が出した答えは、ほんとうに格好いいと思います。

でも自分たちは、今、確かに友達であり、部長と副部長とパートリーダーなのだという事。

自分は晴香というキャラがずっと好きだったんですが、もう今回のお話でまた一回り株が上昇してしまいましたよ。
今、友達であることを刻みつけようと。やがては泡のように消えてしまうかもしれなくても、今確かにこの友情があったんだという事を噛み締めようと。今確かに友達である事を最後の最後に謳歌しようという、晴香の意地らしさ。
晴香の心はとても勇敢で、もう決して1巻当初の泣き虫部長ではないと。そう確信した次第です。今を大事に生きる晴香の姿は、「響け!ユーフォニアム」シリーズを体現するものだと言ってよいと思います。テレビアニメシリーズも通して晴香という人間を見てきて、一番苦労を背負って、その分一番成長したキャラなんじゃないかと思います。



今を刻みつける晴香の生き方が現れていたのが、「そして、そのとき」にあったこのセリフだと思います。

「あったよ、いっぱい」

そう即答できる事がいかにすごいか。多分葵にとっても輝いて見えたかもしれませんが、私にとってもそうでした。自分は過去を振り返った時に良かった事が沢山あったと即答できるのだろうか。それほどに瞬間瞬間を大事にやれていただろうか。晴香の背中はとても大きく見えました。

友達と勉強会をする時間だってそう、友達と料理をしたり、たわいない悪ふざけをする時間だってそう。 気づいていないかもしれないけど、確かにあったその時間こそがかけがえのないものなんだよ、と感じました。

飛び立つ君の背を見上げる(D.C.、そしてFine)

別れの日は、いつもと少し違っている。でも、また明日からも続いていきそうな、そんな光景にも感じてしまいます。

飛び立つ君の背を見上げる(D.C.)

みぞれと優子の関係について。本当に良かった。良かった。。
優子は一年間吹奏楽部部長として振舞い続けて、ほんとにはち切れそうな中でやってきたのだと思いますが、今この時はみぞれの6年来の友人として、最後の時を過ごせているんだと思います。優子へのご褒美だと思います。
優子の最後のわがまま。いいですね。意地らしい。もうみぞれには背中を押す人はいらないのかもしれない。でも、今最後の時にもう一度それを確かめたいなって思ったのかもしれないです。
この部分では優子の表情の描写は特にないんですけれど、穏やかに微笑みながらみぞれの背中へ手を伸ばす優子の顔が文章から浮かびあがってきました。


それから手紙

こんなもんずるいでしょう。

こんな手紙見せられて我々はどうすればいいんだ!心臓が止まるかと思った。ずるすぎるので私が文章として記せる事がありません。この二人はいつまでも友達で有り続けるのかなあ。

飛び立つ君の背を見上げる(Fine)

そして音楽記号に導かれ再び本の冒頭へ。

4人の間で交錯する物語。それが何気ない描写や行動に潜んでいた事に、D.C.で"繰り返し"てきて初めて気づきました。

「ありがとう、希美」

という何気ない一文に込められたものもそうでした。「ありがとう」は、D.C.の前と後では全く違うものとして感じられます。

色々なものに一度決着がつき、そしてまた4人の別々の未来が始まっていく予感を感じる、さわやかで前向きになれるFine。
でも最後のシーンは夏紀と優子がいつものようにじゃれあっていて、それは明日以降もこれまでの光景が続いていきそうな希望を感じさせて。


別れや終わりに漂う儚さと希望、終わるものと続くもの。背反するかのような二つが背中合わせに共存した、本当にさわやかな読後感でした。
武田先生、彼女達をまた一歩未来へ進めてくれて本当にありがとうございます。




さて、この記事はここらへんにしときたいと思います。アンコンの話とか香織先輩の話とか新山先生の話とかせんのかい!と突っ込まれそうですが。全然久美子達の話の感想も書けてないんですよ。
でも、読んだ直後に一番残っていた気持ちが今回書いた事でした。自分の過去の体験も交えた共感もかなり強く、まずは素直な読後感としてこの文章を残しておきます。

文章化できそうな目処が経てば今回触れられなかった部分の感想も書いてみようと思います。特に香織先輩の手紙とかヤバすぎてどう受け止めたらいいのか…